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大河ドラマ 真田丸 最終回 感想 さらば幸村

2016年12月21日

真田丸

大河ドラマ「真田丸」の最終回の感想です。

最終回

あらすじ

大坂城で豊臣と徳川の戦が始まる。夜戦に持ち込む豊臣勢だったが、後藤又兵衛が討ち死にしてしまう。

とある尼寺で、信之(大泉洋)が泊まりに来ていた。そこへ、やって来て相部屋となったのは本多正信(近藤正臣)であった。正信は大坂から江戸へ帰る途中であるといい、信之も知った間柄ならと相部屋を喜ぶのだった。しかし、その夜信之は正信のいびきに眠れぬ夜を過ごすのだった。

大坂城へ戻ってきた幸村(堺雅人)は、命が惜しいといい、だから決して死なないという。牢人衆にも、命をお締め、そして勝てと伝えるのだった。

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幸村は、台所で与左衛門を問い詰める。与左衛門は、信長の時代からの台所番だといい、その後も秀吉の元で。徳川に仕えた事などないという。

与左衛門は、娘や妻が秀吉の手込めにあって自ら命を断ったとし、それ以来ずっとここにいるといい、秀吉と大坂城がこの世から消え去るのをこの目で見るまでと。
幸村は刀を取り出し、与左衛門を斬ろうとするが、与左衛門は自らを串で刺して命を絶とうとする。

秀頼(中川大志)の下で、幸村は総掛かりをするとし、真田と毛利が天王寺から攻め込むとする。明石率いる騎馬隊が背後へ回りこみ敵を挟み込むと。
岡山口には、大野治房(武田幸三)をおき、満を持して秀頼に出陣してもらうのだと。豊臣家の千成瓢箪がかかげられたのを合図に攻めかかると。

茶々(竹内結子)のもとに向かう幸村。この頃、城とともに滅びる夢をみるのだという。死ぬるときは誇り高くいたいものという茶々に幸村は、世の中に誇り高い死などないと言うのだった。
死ぬのは怖くないという茶々に、燃える城の中で喉を突き血まみれになって息絶える自身の姿を考えた事があるのかと問う。秀頼の首が三条河原にさらされるのを思い描いた事があるかとも。
これを聞いた茶々は泣き崩れてしまう。幸村は茶々にお願いしたい事があるという。これより家康の首をとってくるとし、家康が死ねば戦は終わると。そうすれば徳川と豊臣で談判となると。しかし、再び戦になれば負けると。大坂城を捨てて四国全土の主として認めさせるのだと。
そして、万に一つ、家康を打ち損じた場合、和睦の使者として戦姫を秀忠に送るように頼むのだった。最後に、望みを捨てなかった者にのみ、道は開けると言い残して。

幸村は、父・昌幸が生きていたなんと言うだろうかと問うていた。自分が生きた証を残せたのかと。高梨内記(中原丈雄)は、人の値打ちは己が決めるものでないとし、時が決めるのだと。徳川家康と渡り合った真田左衛門左幸村は、日の本一の兵として語り継がれるだろうと。

豊臣秀頼
©NHK 真田丸

豊臣方は茶臼山から岡山にかけて布陣。明石全登が船場口に待機した。徳川方は、松平忠直、本多忠朝を主軸に、数段に及ぶ陣を構える。茶臼山で待期する、幸村、勝永(岡本健一)、大助(浦上晟周)たち。大野治長(今井朋彦)は、茶臼山の様子を見てくると秀頼の元を離れる。
一方、徳川家康の陣。敵はなぜ動かないという秀忠(星野源)に、正純(伊東孝明)は秀頼の出馬を待っているのだろうという。
家康(内野聖陽)は、我が陣には豊臣恩顧の大名も多いとし、秀頼に出てこられては士気に関わるという。正純は、幸村が寝返ろうとしていると噂を流し、秀頼に文を送り、降伏をよびかけると。牢人を召し抱え、四国への国替えをと向こうの喜ぶ事を書いてと。

秀頼の出陣をまつ、幸村達。忠房は、千成瓢箪の馬印だけ先に運び込んでおいたのだという。味方を欺くのは最後にとっておこうとする。
勝永は、この戦は勝てるという。敵は30万だが、ほとんどの兵はまことの戦を知らないと。秀頼が城をでた合図がでたら、家康の本陣目指して突っ込むという幸村。だが、そこへ松平忠直勢が毛利勢に鉄砲をうちかけてきたと報が入る。毛利勢がそれに応戦してしまったと。幸村は、もはや後には引けぬとし、突撃をかける事となる。

秀頼はいよいよ出陣しようとしていた、大蔵卿局は幸村が内通していると噂が流れているとこれを引き止める。仕方なく、噂の真偽を確かめよと命じるのだった。

毛利隊は破竹の勢いで本多隊を打ち破り、家康の本陣へと向かった。その先にいた真田信吉(広田亮平)の陣では、まだ出てはならぬとしていが、逸る信政(大山真志)は勝手に出陣してしまうのだった。毛利隊は、真田隊を打ち破り、その後も各隊を撃破していった。
幸村も、これより出撃するとし、大助には秀頼のもとに行って出馬を促せとした。父といっしょに生きたいとする大助だったが、若輩の上に足に傷を負っているし、そばにいては足手まといだと叱りつける。幸村は、大助の顔をもって頼んだぞと後を託すのだった。

大坂城では、生き残っていた与左衛門が秀頼の前に連れてこられていた。与左衛門は真田にやられたと嘘をつく。

一方、真田信吉の陣では、多数が討ち死。信政は、一人の勝手な振る舞いで多くの損害が出てしまうと問い詰められていた。しかし、信吉は家康を守るために向かっていったのだと庇うのだった。信吉の手を払い除けて人の外に出る信政。そこに現れたのは、幸村の軍勢だった。
信政は、それに向かっていこうとする。それを引き止める三十郎だったが、幸村隊との戦が始まってしまう。幸村と刃を交える三十郎だったが、いなされてしまう。小者にかまうなと、幸村は陣を進めるのだった。

徳川家康
©NHK 真田丸

家康の陣では、真田が向かってきているとし、家康らは敗走する事となる。家康の本陣へと攻め込む幸村隊。しかし、家康の姿はそこにはなかった。家康の馬印が倒されたのは、武田信玄に敗れた三方ヶ原の戦い以来だった。
家康は息をからしながら逃げ回っていた。岡山口にいた秀忠の軍勢も攻め込まれてしまい、秀忠も敗走する事となる。
戦いは、豊臣軍が圧勝するかに思えた。しかし、大野治房が秀頼の出馬を促すべく大阪城へ向かう際に、千成瓢箪の馬印まで持ち帰ってしまう。

秀頼が城へ逃げ帰ったとおもい、戦場に動揺が走る。さらに、大坂城では与左衛門が城に火をつけていた。
大坂城から煙が上がっているのをみた家康は、これを好機ととらえて人をたてなおすように命を出す。井伊直孝隊と藤堂高虎隊が真田隊に襲いかかる。さらに、秀忠も風が変わったといし、軍勢を立て直すのだった。
大坂城の元に、大助が向かっていた。与左衛門が、幸村に斬られたという大蔵卿局だったが、佐助(藤井隆)は徳川と通じているのを知られて自害しようとしたとし、寝返ったのは与左衛門だという。さらに、厨から火が上がっている事が知らされる。
そこに、治長が戻ってくる。いよいよ、秀頼が出陣かと思えたが、馬印が戻ってきた事で雑兵たちが次々と逃げ始めたという報が入る。さらに、真田隊が敵に押されて退いているとし、毛利隊も苦戦しているとの報せが入る。

真田隊、毛利隊は苦戦をしいられ、援軍にむかった明石隊も徳川勢に反撃され撤退を余儀なくされる。

秀頼は、この状況でも出ていくと決める。しかし、そこに茶々が現れて引き止めるのだった。茶々は、死んではならぬとし、まだ手立てはあるという。

もはや勝つ見込みなどないという秀頼に、勝てとはいっていないとし、生きよと言っているのだと。茶々は、幸村の言葉を伝える「望みを捨てぬ者にのみ、道は開けるのだ」と。
きり(長澤まさみ)は、千(永野芽郁)を連れて大坂城を脱出する。
大坂城へも徳川方の兵が次々と乗り込んできていた。高梨内記、そして作兵衛がこれを迎え撃つが討ち死してしまう。
きりは、大坂城を出て秀忠の陣へ向かう途中で、ただ一騎で馬を走らせる幸村を見かけるのだった。

家康の元へ向かった幸村。馬上筒を家康めがけて発射するが僅かに外れてしまう。さらに家康の眼前に迫る幸村は、もう一丁の馬上筒を家康に向ける。
家康は、殺したいなら殺すがいいとし、自分を殺したところで何も変わらないと言い、徳川の世は既に盤石!! 豊臣の天下には戻らないと。戦の世はもう終わったという家康。戦でしか、己の生きた証を残せぬ手合いは、生きていくところなどどこにもないと。
そのような事は百も承知だと幸村。それでもお前を討ち果たさねばならぬのだと。我が父のため、我が友のため、先に死んでいった愛するものたちのためと言い、幸村は馬上筒を発射する。しかし、馬上筒は暴発し、幸村は左腕を負傷してしまう。
そこに、秀忠軍が増援に訪れるのだった。満面の笑みで助けに向かってきた秀忠に、家康は一瞬笑みを浮かべた後、遅いと叱りつけるのだった。

馬上筒を構える幸村
©NHK 真田丸

佐助を呼び込み、煙幕をはる幸村。鉄砲が打ち込まれ馬から落ちてしまう幸村。単身切り込む幸村。佐助の2度目の煙幕でその場をなんとか逃げ切るのだった。
その様子を遠くから見ていた伊達政宗(長谷川朝晴)、上杉景勝(遠藤憲一)たち。政宗は、見事な戦いぶりと幸村を褒め称える。景勝も、武士として生まれたからには、あのように生き、あのように死にたいものだと漏らすのだった。直江兼続(村上新悟)は、戦は終わったとして戻るように呼びかけるのだった。涙を浮かべて、幸村に別れを告げる景勝であった。

寧(鈴木京香)の元には、片桐且元(小林隆)が訪れていた。大坂城であった事を知らされため息をつく。全ては夢のまた夢とだた言うのみであった。

神社へと逃げ延びていた幸村と佐助。そこへ徳川の手のものが現れる。名を名乗り観念したかに見えた幸村たちだったが、首を差し出すかに見えて見事に反撃して討ち倒してしまう。
ここまでのようだという幸村。佐助に介錯をたのみ、腹を切る支度をする幸村。佐助の歳を尋ねて、55だと聞き驚くのだった。

一方、大坂城では茶々や秀頼が、千姫よりの報せを待っていた。秀頼の目の先には、燃え落ちる大坂城があった。
家康の陣には、千姫が連れて来られていた。千姫を連れてきたきりは一礼して、その場を後にするのだった。

少数となった毛利隊。陣をとかない、真田信吉隊。そして、伊達の陣から出発する春たち。

ただ虚空を見つめ、そして目を閉じた幸村はわずかに笑みを浮かべているようだった。

幸村最期のとき
©NHK 真田丸

信之は、正信の領地玉縄へとたどり着いていた。そこへ、徳川より使者が現れる。お守りに忍ばせた六文銭が鳴る。信之は、幸村が死んだことを悟るのだった。

これより7年後、真田信之は松代藩十万石の大名となる。そして、幕末、松代藩は徳川幕府崩壊のきっかけをつくる天才兵学者 佐久間象山を生み出す事になるが、まだ遠い先の話である。。

感想

正直、最後は少し物足りないものもありました。ただ、この物語は、真田が見たものしか描かないというのがありました。結果として、死んでいく幸村も、自刃して果てる茶々や秀頼も描かれていません。

最後の最後まで、見抜けていなかった与左衛門の存在。ここまでの策が散々徳川方に漏れていた事で、又兵衛までもが討ち死にする事になってしまいました。しかしながら、この期に及んで幸村は与左衛門にとどめを刺さなかったのですね。生きながらえた、与左衛門から徳川方に内通との疑いをかけられ、結果的に秀頼に出陣を遅らされる事になってしまいました。

大坂の陣での幸村は、その策こそ上々ではあったものの、尽くうまくいった試しがありません。大蔵卿局の存在しかり、大野治房の存在しかり、与左衛門の存在しかり。幸村の策がはまったのは真田丸での攻防までで終わりでした。

この状況になって、幸村も自らの命をかけて家康を討ち取らねばと考えていたのでしょう。最後まで戻ってくるといった事は口にしませんでした。ただし。万が一家康を撃ち漏らした場合にそなえて、茶々に千姫を逃がすように策を授けた訳ですが、結果的には豊臣は滅ぶことになりました。あくまでも、「真田丸」では茶々も秀頼も最後まで生きようとしていたんですよね。

真田軍、毛利軍の活躍で、徳川の馬印も倒されて優勢だったのが、大野治房のうっかりで台無しになってしまうとは、最後まで運がありませんでした。大野治房は従来とは少し違ったイメージで描かれていましたが、最終的に豊臣に引導を渡してしまう辺りがやっぱりのキャラクターなのでしょうね。

家康の言ったとおりに、いまさら家康を殺したところで徳川の世が動かない事は幸村も判っていたはず。実際、家康を討ち取ったあとは、四国への鞍替えで落ち着くつもりでもありました。幸村に取っては、不遇のうちに死を向かえた父・昌幸に対する弔い合戦の意味合いもあったのでしょうね。既に、豊臣の命運が尽きようとする中でも家康に執着したのはそのへんがあっての事なんでしょう。

しかし、最後の銃弾。なんでしょうね。やはり、整備が十分でなかったって事なんでしょうか。家康を打ち損じて、逃げるところまでは史実に近いものがあります。ただ、最後は佐助が介錯する事になりました。徳川方には首を取らせないというのが、せめてもの抵抗なのでしょう。
結局、幸村が果てるところは描かれずでした。さすがに、あそこから幸村が生き延びたという伝説に持ち込むのも無理があるでしょうから、幸村は死んだという事でしょう。

最後、松代藩が生んだ、佐久間象山が出て来る辺りは、かなり無理がある気がしましたね。確かに、そういう意味では脈々と歴史は紡がれているのだなという風にも思えます。

幸村が徳川との和睦の使者として託した千姫は結局そうならなかったんですよね。秀頼も茶々も自害して果てる事になります。毛利勝永は秀頼らを介錯後に自刃。長宗我部盛親は、逃亡ののちに捕縛されて殺されました。明石全登は、その後討ち死にしたともされていますが、消息不明。

今年1年楽しませてもらいました。これで、真田丸も終了。三谷さんの事なので、なにかスピンオフでも作ってもらえればとも思うんですがね。信吉、信政兄弟のその後とか、春や梅たちのその後も気になりますし。

 
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