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大河ドラマ 真田丸 第49回 「前夜」 感想

2016年12月13日

真田丸

大河ドラマ「真田丸」の第49回の感想です。

第49回 「前夜」

あらすじ

信之(大泉洋)は、幸村(堺雅人)からの手紙で死ぬつもりであると悟り、大坂へ向かう事とする。稲(吉田羊)は、大坂へ向かう条件として、真田のものであると悟られるようにきつく言いつけるのだった。そして、必ず行きて帰るようにと。

その頃、秀忠(星野源)も、いよいようってでようとしていた。

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幸村は、大坂を出て、まずは京を押さえる事を考える。伏見を本陣として、近江瀬田で徳川を迎え撃つと。
あわよくば一気に家康の首をとると。そして、秀頼(中川大志)には伏見で采配を振るってもらうとするのだ。
あくまでも迎え撃つのは大坂城だと主張する大蔵卿局だが、要害もない今は大坂城に篭もるのは愚の骨頂だと幸村は言う。

又兵衛(哀川翔)は、勝永(岡本健一)らと策を考えたと言う。天王寺で守りを固めて迎え撃つとする。東から攻められたどうするという盛親(阿南健治)に、背後を攻められるかもしれぬとする。幸村は、平野川の堤をあちこち切っておけば、沼地同然となり東からの進軍はできなくなると。

五人衆らが集まり、陣割を決めようとするとき、大蔵卿局が幸村を訪れる。全ては豊臣のためとし、秀頼と茶々を守るのが自分の役目だとする。だが、牢人たちは大嫌いだと言い残し去っていくのだった。

伊達、上杉、前田、黒田ら総勢20万がむかっているという正純(伊東孝明)。秀忠は、今度こそ大坂城を攻め落とすといきりたつ。家康(内野聖陽)は、最後にもう一度大坂城の秀頼に文を送るように申し付ける。今すぐに、牢人を追放し城を出れば兵を引くと。しかし、秀忠は無駄だという。秀頼がいる限り牢人たちは増え続けると。秀頼を亡き者にしない限り、戦は終わらないと。

秀頼の元に文が届く。いますぐ、大和の郡山城に移れば兵を引くと。ただし、牢人たちは連れていくなとする。秀頼は、徳川とはこれにて手切れすると言い、文を破り捨てるのだった。

家康は、豊臣の家も、天下一の名城・大坂城もこれにて終わりだと嘆くのだった。

信之は、徳川方真田の陣に到着していた。信吉(広田亮平)、信政(大山真志)も鎧姿が様になってきたと褒めるのだった。
信之は、自身は江戸にいる事になっているとし、真田の総大将は信吉だと言う。幸村に会いたいが手立てはないかと尋ねるのだった。繁誠は、信尹がこちらに向かっているという。家康の命で、もう1度幸村に会いに行くのだそうだ。

樫井では、大野治房(武田幸三) と壇団右衛門が夜討ちをしかけようとしていた。徳川勢と衝突し、大阪夏の陣が始まる。しかし、団右衛門に鉄砲玉が命中し、あえなく討ち取られてしまう。団右衛門の遺体が運ばれて、皆が集まる。

そこへ茶々(竹内結子) が突如現れて、いずれは皆ここに並ぶのかと言ってしまう。きり(長澤まさみ)に引き止められて去っていくのだった。
家康の本陣は、奈良大和路を通って、生駒山南を抜けて河内にはいるとする。幸村は、これを道明寺で迎え撃つとする。
ここへは、又兵衛が向かう事となり、全登が手助けすると。後詰めとし、幸村と勝永が入る事となった。盛親には、八尾 若江を抑えて秀忠の軍勢を抑えてもらうように頼む。重成がそれを支える事に。
"それでは、おのおの抜かりなく"と軍議を終えるのだった。

後藤又兵衛と明石全登は平野へと兵を進めた。これを見て、家康は秀忠の軍勢に加わる事にする。大和路には、伊達に任せる事にするとした。
居眠りをしていた正信(近藤正臣)だったが、又兵衛が気になるとし、これを調略するという。又兵衛に播磨35万石を与えるとしたが、あっさりと使者を送り返されてしまう。正信は、又兵衛が徳川の使者と会っていた事を豊臣の陣に知らせるように正純に伝える。調略にのったと噂を流させるのだった。
又兵衛は、この噂を消すために必死になるとし、戦で手柄をたてるしかなくなると。大将が焦れば陣は乱れるとし、又兵衛の命運は尽きたと正信はほくそ笑むのだった。

徳川義直の陣では、信尹と共に信之がやって来ていた。そこに居合わせたのは、大坂城に兵糧を運びにいっていたはずの平野長泰であった。兵糧を取られて仕方がなかったのだと言い逃げ出すのだった。
信尹は、家康の命を受けて大坂城に向かうところだったと説明し、密書を見せるのだった。その相手は、尾張徳川家の家臣、室賀久太夫(児嶋一哉)であった。
父が昌幸に殺されたとする久太夫 は、信尹が、真田昌幸の弟だと知り、通すわけにはいかぬとする。しかし、信之は、「黙れ小童」とこれを一蹴するのだった。

幸村は、大坂城にて信之と対面する。信尹は、今なら信濃一国を献上するという。父・昌幸が終生臨んでいた信濃の国主になれるとする。しかし、幸村は首を横に振るのだった。信之が口を開く。源次郎は死ぬつもりなのだと。しかも家康を道連れにして。
かいかぶりだという幸村。いくら自分でもそこまではと謙遜する。信之は、徳川に刃向かいたいなら、刃向かえばいいとし、平伏したくなければ平伏すなと言う。しかし、死んではならぬと。
それでは、捕まれというのかという幸村に、死に物狂いで江戸と駿府と京を駆け回り助けると言うのだ。赦免を勝ち取ると。そして、また14年と幸村がつぶやく。信之は、それが自らの勤めだとし、いつかまた酒を酌み交わそうと言うのだった。
それでは、今ここで酒をという幸村に対して、すぐに帰るという信之であった。別れ際、酒を酌み交わしたいという幸村に、これは今生の別れではないとする信之として去るのだった。信尹も、幸村の頬をさすり、生きたいように生きればいいといい去っていく。

その頃、家康は上杉景勝(遠藤憲一)と酒を酌み交わしていた。北条の隠居も、真田昌幸も死んでしまったという家康。生き残ったなという家康。今の自分があるのは、秀吉のおかげだという。しかし、今、豊臣を滅ぼすというのだった。秀頼があそこにいては、徳川のためにならぬとし、それゆえの戦だとする。
景勝は、なぜそれを自分に言うのかと尋ねる。この戦に大義がない事を気にしているのはないかと問い詰める。景勝は、先の戦で、幸村を見たとし、自分が生きたいと思った人生を生きていると言うのだ。

徳川の軍勢がふた手に別れて兵を進める中で、豊臣勢の陣中では又兵衛が嫌疑をかけられていた。徳川に寝返るはずがないという又兵衛。播磨35万石で誘われたという又兵衛に、信濃40万石で誘われたという幸村であった。
幸村は、悪い噂が流れたからといって捨て鉢にはなってはいけぬとし、手柄をたてようと焦ってはいけないとする。心が乱れては勝てないとするのだった。
重成は、又兵衛の下を訪れて、いろいろと学ばせてもらったと言う。あらまった態度の重成に、又兵衛はそういった事をいうとどちらかが死ぬとたしなめるのだった。

道明寺で待っていた又兵衛は、幸村たちを待たずに全登の制止を振り切って打って出る。だが、伊達政宗(長谷川朝晴)を要する徳川勢の反撃にあってしまう。鉄砲玉を受けた又兵衛は孤立。あえなく討ち取られてしまうのだった。
この事は秀頼にも伝えられた。幸村の陣では、又兵衛が討ち取られ嘆いていた。幸村は大和路の徳川勢を率いているのは伊達政宗と知らされる。一方、伊達政宗は、そのまま兵をすすめるのだった。

若江八尾方面で迎え撃っていた。後藤隊の敗走を知らない、重成は徳川の大軍勢に対して攻め込む事にする。重成は、徳川勢に討ち取られ、盛親も敗走する。
まんまと裏をかかれた幸村は、敵に情報が筒抜けである事を知る。自分たちの話を常に聞いていた男だという幸村。
大坂城では、与左衛門が間者と会っていたところを与八に見つかり、これを始末していた。

その頃、幸村達真田勢は、伊達軍を迎え撃っていた。守勢に回る真田隊は、城へと軍を引き返すのだった。
去り際に幸村は、「これにて終わりか、徳川に真の兵はおらぬのか」と挑発し、堂々と去っていくのだった。

城に帰り、馬上筒を見つめる幸村。
幸村は佐助に手配し、春たちを伊達政宗に預ける事にするのだった。
一方で、幸村は大助はここに残るように申し付け、作兵衛には春たちを送り届けたら戻るように伝える。そして、きりには大事な役目があると言うのだった。決して、永久の別れではないといい、しばしの辛抱だと皆を言い含めるのだった。

春と子供たちは、伊達政宗の陣へと向かった。ずんだをふるまわれる春たち。幸村の娘・梅はそのご片倉景綱の息子に嫁ぐ事になるのだった。
一方、城に残った幸村は、家康に決戦を挑む事をきりに伝える。いざとなったら、千姫を連れて秀忠の人へと連れて行ってくれるように頼むのだった。
千姫を連れ出した後は、沼田にでも帰っていろという幸村に、きりは戻ってくるというのだった。こうなったら、最後まで茶々のお供をすると。
幸村がいない世にいてもつまらないからというきり。幸村はきりをきつく抱きしめるのだった。

感想

ここにきて壮大なブーメラン。あの、室賀の息子が登場して、信之に"黙れ小童"返しをされてしまうのでした。しかし、久太夫は、なぜ信尹の従者にそんな事を言われたのか面を食らったでしょうな。久太夫も、父を真田に殺されていた訳で、真田憎しと思っていたはずなのに、こんな仕打ちを受けるとは。

いよいよ、大坂夏の陣が開戦。しかし、豊臣方は散々でした。牢人たちが次々と討ち死。正信の調略で、まんまとあらぬ噂を流された又兵衛。そのせいもあったものの、あっけなく討死。その前に、死亡フラグが立っていた重成もあえなく討ち死となってしまいました。

ここまで、巷では間者ではないかと噂されていた、与左衛門が本当に間者でした。豊臣に恨みをもつものなのかはわかりませんが、幸村を始めとする、牢人衆たちはまんまと騙されていたのでした。幸村の打つ手が全て裏目に出てしまったのも当然でしょう。

家康は、なんだかんだで豊臣方に温情を見せていたようです。どちらかというと豊臣を滅亡させようとしていたのは、秀忠の方でした。ここまできたら、家康も秀頼を打ち倒すしかない事は判ってはいたんでしょうが。なんとなく、ひっかかるものがあって、景勝を呼び出してサシ飲みする辺りが、そんなところなんでしょう。

道明寺の戦いで、又兵衛が討ち取られて、真田勢と伊達勢の戦い。この局面で、伊達政宗がひたすらにかっこいい。真田丸での、政宗はどこか食えぬ男で、表向きの野心はずっと隠し通してきました。家康に従っているとは言え、真田幸村に心通ずるものもあったのでしょうね。幸村の子供たち、お梅や、大八は片倉家にて生きながらえる事になります。ここらへんは、史実通りなのかよくわかりませんが、幸村の血が遠く奥州で、受け継がれていく事になります。

最終決戦に臨む幸村。ここにきて、ようやくきりが報われました。ナレーションにもあったように、きりは小県にいた頃からの長い長い付き合い。一番長く苦楽を共にした仲ですからね。

次週はいよいよ、最終回となります。史実では、生き残った、幸村も、勝永も、茶々も秀頼も皆亡くなります。最終回に、どういった最期を迎えるのか。

 
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