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大河ドラマ 真田丸 第33回 「動乱」 感想

2016年8月23日

真田丸

大河ドラマ「真田丸」の第33回の感想です。

第33回 「動乱」

あらすじ

慶長四年(1599) 一月二十一日
三成(山本耕史)は、信繁(堺雅人)を部屋に呼び、宇喜多秀家(高橋和也)、小早川秀秋(浅利陽介)と共に徳川屋敷を襲うと話しだした。
兵を出そうと言う、秀家だったが、事を大きくしないとし、自身の兵だけで行うという。信繁に命じて、島左近(玉置孝匡) を呼び出させる。
左近を呼び出しに行った信繁だったが、その帰りになんと江雪斎(山西惇)と再開する。今は、秀秋の元にいるのだとか。

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信繁は、徳川の屋敷の隣である、宇喜多の屋敷から偲ぶこむ策を立てる。
だが、その動きは、江雪斎を通じて、本多正信(近藤正臣)に筒抜けであった。

正信から話を聞いた家康(内野聖陽)は、江戸へ帰ると言い始める。だが、正信はここで逃げては松代の恥といい引き止める。
三成は密かにおこなおうとしているが、これを大事にしてしまおうと正信は言うのだ。
諸大名に守ってもらい、豊臣恩顧の大名がどれだけ使えるのか見極める機会だとする。

徳川屋敷で鎧武者が揃っているという報せを聞き、家康襲撃が漏れている事をしる信繁たち。
ここは一旦引くべきという信繁に対して、大義名分はこちらにあるとし三成は引かない。
三成は、大坂へ行き秀頼に徳川征伐の許しを請うとし、秀秋には毛利を、信繁には上杉を説得するように頼むのだった。

秀秋は、毛利を説得するのは荷が重いとし、信繁に頼み込むが断られてしまう。
一方の信繁は、兼続(村上新悟)に御屋形様を巻き込まないでくれてと言われてしまう。
信繁は石高を持ち出し、上杉、毛利と集まれば互角とするが、兼続は時間の無駄と一蹴する。
それを影で聞いていた景勝(遠藤憲一)は、すまぬとつぶやくだけだった。

吉継(片岡愛之助)の下を尋ねる信繁。
三成は、いささか急ぎ過ぎだという吉継。味方が集まらなかったときどう動くのかを心配する。

信繁が真田の屋敷に戻ると、家康から昌幸(草刈正雄)に書状が届いていた。
本当に三成は戦を始めるつもりなのかと問いただす信幸(大泉洋)。
今更、徳川に味方できるかという昌幸。先日、刺客を放ったばかりなのだ。
だが、信幸はひとまず顔を出してくるとする。

これから 治部少丸へ戻るという信繁。敵味方に別れて戦うのだけはかんべんしてくれと言う信幸に、戦にならぬ事を祈ると信繁も答えるのだった。

寧(鈴木京香)に呼ばれて信繁がかけつける。そこには、秀秋が居た。
あまり、秀秋を巻き込まないでくれてという寧。さらに、加藤清正、福島正則もここへ来たとし、随分と悩んでいたという。
寧は、三成の事を買いかぶりすぎていたとし、すぐに戦をやめさせるように信繁に忠告するのだった。

諸大名たちが集まる徳川屋敷。信幸は、隅に潜んでいようとしていたが、忠勝(藤岡弘、)に見つかってしまい、大いに目立ってしまう。
大坂城にて、三成は前田利家(小林勝也)を説得し豊臣の旗印を貸してくれるように頼み込む。しかし、諦めよとされ断られてしまう。

一方、徳川屋敷では、信幸がこれは家康が諸大名がどれだけ頼りになるか試しているのだろうとしていた。
家康はどうしているかと問う信幸に、正信は鎧支度をしていると答える。
だが、伊達政宗(長谷川朝晴)は、その義は無用とし、三成は我らで成敗するとする。
先日、家康を襲った刺客がいるとする正純(伊東孝明)。三成は、なんとしてみ家康を亡き者にしたいのだろうと正信は言う。

これを聞いた清正(新井浩文)は、三成の屋敷に単身乗り込むが信繁に止められてしまう。
昌幸は、徳川方に大勢の大名がついているとし、数では優勢とした。真田がどう動くかを考えていたのだった。
大坂城より戻ってきた三成は、清正と対談する。
なぜ、徳川につくことにしたかと問い詰める三成。秀吉が託した、家康をむやみに殺すわけにはいかぬとする清正だった。
力づくで倒そうとするなど、三成らしくはないとする清正だったが、三成は断固として譲らないのだった。
清正はなんとか食い止めようとするが、三成は徳川屋敷に帰れと突き放す。戦になったら、お前を殺すという脅しにも、望むところと応えてしまう三成だった。

毛利も上杉も説得できなかった事をしる三成。秀頼の許しももらえず。こまった三成は、細川忠興を味方に引き入れようと考える。
干し柿を用意して忠興を説得しようとする三成。秀吉の身内というだけで、出生したとする清正や正則が許せぬとする。
しかし、それ以上に、三成が許せぬとする。このようなもので、人の心が釣れるのかと突き放す。忠興は、家康に味方するとして、徳川屋敷に向かうのだった。

劣勢となった三成に、信繁は昌幸のもとに向かう。
信繁は、昌幸に兵をだし、徳川につくように説得するのだった。昌幸が徳川につけば、三成もあきらめが付くとする信繁。
昌幸は、徳川屋敷に行くことを決断するのだった。

吉継は病にムチを打ち鎧武者の支度をしていた。そこに、三成がかけつけて、吉継に味方になるように説得するのだった。
だが、吉継がこれから向かうのは徳川屋敷だとする。家康から書状が届いたのだ。
三成は間違っているという吉継。家康を要として秀頼を守っていくとする。それしかないとするのだった。
三成は、秀吉が死の間際に家康を殺せとの命があったとする。だが、死の間際の老人の世迷い言に振り回されるなと一蹴するのだった。
家康を殺した後どうすのかと問う吉継。政の要となるのかと問う。だが、すでに徳川屋敷には大名たちで溢れてるとし、誰が三成についていくのだとする。
今ならばまだ間に合うと言う吉継。誰も咎めはしないとするが、三成は既に手遅れだとする。しかし、吉継は、咎めるものがおるとすれば、自らが止めるとするのだった。

徳川屋敷を訪れた吉継。これに、家康も感銘し吉継の元に駆けつける。
しかし、吉継は家康の為に来たのではないとし、秀吉が築いた太平の世を乱すものを正すためだとする。
さらには、昌幸も徳川屋敷に駆けつけるのだった。こうなっては、三成も手も足も出まいとする家康であった。
昌幸は、信幸を呼びつけて、軍議を開くといいだす。諸大名たちを集めて、場を仕切ろうとする昌幸。
そこに清正が、なぜ昌幸が場を仕切るのだと茶々を入れる。なぜ、信濃の小国の昌幸が仕切るのかと問いただす。
だが、吉継は、ここは昌幸に任せようとする。上田の合戦にて、徳川の大軍勢を討ち果たした男だと。
これに、正宗、忠興も異論はないとし、清正も承知するのだった。

昌幸は、三成が家康に逆恨みし、秀頼を意のままに操り、政を独り占めしようと図る大悪党といい締める。
これを迎え撃ち、返り討ちにするとするのだった。これに正宗が、家康に刺客を放ったのも三成と言い出す。これに乗じて、昌幸も首をはねてしまおうぞと自らの事を棚にあげるのだった。

忠興、吉継を味方に付けれなかった三成は屋敷へと戻る。すぐに、出陣の支度をせよと命を出す。
その頃上杉の屋敷では、景勝は徳川屋敷の事を気にしていた。三成はどう動くのか。
兼続は、目先の事には惑わされぬとし、義のためには死もいとわぬと。それに対し、自らはどんな男だと尋ねる景勝であった。

守りを固める徳川屋敷。忠勝は、一向に攻めてこない三成に業を煮やしていた。ここで一気に旗印をかかげさせる昌幸。
いざ出陣となっていた三成たちに、その知らせが入る。吉継に、真田の旗印が上がった事が知らされる。
もはやここまでという信繁。しかし、もう遅いとする三成。秀頼の許しを得ずに事を荒立てて、惣無事令に反したのだと。
どうしても行くと聞かぬ三成。左近を呼びつけて、自分たちだけで行こうとする三成。
だが、信繁は三成の前に立ちふさがり引き止めるのだった。まだまだ生きていてもらわねばと譲らない。
三成は、常に天下安寧のために動いてきたとする信繁。己の欲で動くいえやすとは違うと。死んではならぬと引き止める信繁。
そこへ景勝が現れてやめておくように諭す。それでも今日がなければ明日はないと三成は譲らない。
景勝は、家康は自分が倒すとして、ここを引き止めるのだった。

秀吉の御膳で我らは誓ったとし、その誓いを破るものは義を知らぬ者、義をないがしろにするものを断じて許すわけにはいかぬとする。
徳川に大戦をしかけるのだとし、今は時を待つのだと説き伏せる。

三成が戦支度を解いた事が、徳川屋敷にも知らされる。解散していく諸大名たち。
家康は、これを見て腹を決める。自らの一声で、豊臣恩顧の大名がこれだけ集まったとし、これはいけるかもしれないと。

感想

三成の人望の無さに、なんとも言えない気分になりました。後の関が原の戦いでは、三成方につく大谷吉継や、真田昌幸までもが徳川屋敷に参陣します。ここでは、上杉景勝あ動かず。毛利輝元は姿も見せません。

圧倒的に不利な情勢になっても一向に挙兵をやめようとしない三成。最終的には、景勝の説得で引き止めるわけですが、もっと早くにやめる事はできていたはずです。

確かに、家康からすれば、豊臣恩顧の大名がこれだけ自らのために集まったとすれば、その気にもなるでしょう。むしろ、三成が再び戦をしかけようとするのがわからないくらいです。確かに、上杉景勝が味方につくとしても、実際には景勝は関ヶ原本陣には出向くことが出来ていませんし。

信繁からすれば三成を諦めさせるための策だったんでしょうが、昌幸は自らの立ち位置を帰るために徳川屋敷に出向いていたのでした。先の、家康暗殺事件を何事もなかったごとく、全てを三成に押し付けてしまいました。しかも、何気に場を仕切ってしまうというのが昌幸らしい。

もっともこれで騒ぎが収まるはずもなく。次回は、三成が襲撃を受ける番になるんで

 
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