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大河ドラマ 真田丸 第32回 「応酬」 感想

2016年8月17日

真田丸

大河ドラマ「真田丸」の第32回の感想です。

第32回 「応酬」

あらすじ

家康(内野聖陽)暗殺に失敗した大怪我を負った出浦昌相(寺島進)は有馬へ養生する事となった。
どうして、家康を殺す事になったのだと問いつめられる昌幸(草刈正雄)。
三成から頼まれたと言う、昌幸。世が乱れれば真田の出番もあると、父が考えるという信幸。
信濃を、信玄公の領地をこの手で取り戻す。そのためには、一度乱世に戻す必要があると。だが、その夢も露と消えたと昌幸は言う。

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徳川邸では、家康が冷や汗をかいていた。一向に、曲者がだれか見つかってはいないという。
正信(近藤正臣)は、いっそ命を狙われるのなら、天下を狙ってみてはと、家康をそそのかす。

きり(長澤まさみ)に呼ばれた信繁(堺雅人)は、亡くなった秀吉の下に向かう。
そこに居たのは茶々(竹内結子)だった。お側にいなくていいのかと問う信繁に、茶々は側にいても甦るわけでもないと答えるのだった。
秀吉の元に集まる面々。三成は、且元(小林隆)と信繁に、秀吉が亡くなった事はしばらく伏せておくとする。
老衆と奉行衆だけにこの事は伝えて、遺体は塩漬けにし、奥の蔵で目立たぬようにすると。

秀吉の遺体を瓶にいれ塩漬けにし安置した後、信繁は三成の元に立ち寄る。
家康の元に賊が入った事。そして、暗殺に失敗した事を伝える。三成は、ただ知っているとだけ答えるのだった。
立ち去ろうとする信繁に、秀吉の馬廻りの任は解かれたとし、秀頼の馬廻衆になる事もできるがと尋ねる三成。
信繁は、三成の下で働きたいとし、今こそ御恩を返すときと答えるのだった。
そんな信繁に、三成は、自分はほとんど間違う事はあまりないが、ごくたまに誤った判断をする事があるとし、そんな時は遠慮なく教えてくると言うのだった。

秀吉の訃報を正信から聞いた家康は、秀忠(星野源)を呼べと伝える。
一人になった家康は、表に出て手を合わせるのだった。
そこへやってきた秀忠に、江戸に戻るように命じる家康。すぐに、戻ろうとした秀忠だったが、引き返して、何故にと問う。
しかし、家康には少しは頭を働かせろと叱責されてしまうのだった。

大谷家では、吉継(片岡愛之助)の元に、三成、信繁が集まっていた。
やはり、心配なのはいえやすだとする三成。だが、用心深い家康はすぐには動かないだろうと信繁。
上杉、毛利、宇喜多には、徳川に張り合うだけの力がまだないとする吉継。ならばと・・・。

三成と信繁は、前田利家(小林勝也)の元にやってきていた。
家康に対抗出来るのは、利家だけだという三成に、わしの目の黒いうちに家康の好きにはさせぬという利家。
しかし、床の伏せる利家も長くはもたないだろうという三成は、次の手を考えねばとする。

家康の挨拶で、評定を始める、老衆と奉行衆。
三成は、秀吉の葬儀は、朝鮮に渡った兵が全軍戻ってきてからにするとする。
これに、宇喜多秀家(高橋和也)、上杉景勝(遠藤憲一)、毛利輝元(浅地直樹)、前田利長(萬雅之)そして徳川家康も了承する。
早い軍は11月から、全軍引き上げるのは12月になるという三成。もっと早く出来ぬのかの声にも、どうにもならぬとし、花押を添えるように頼むのだった。
事ある毎に、10人の意見を揃えねばならぬと、三成。誰か一人に力が偏らぬようにするには仕方がないとする信繁であった。

信幸は、上田から矢沢頼幸(迫田孝也)を呼び戻していた。一堂にあつまる、真田家。だが、いつの間にか、秀吉死去の知らせが広まっている事に驚く信繁。
おこうの件はどうなったと信幸に問う、信繁。家康暗殺の件でうやむやになっていたのだった。
明日、徳川の屋敷に向かうという信幸に、信繁は本多正信が伏見に在中の大名を呼び寄せて宴を開いてると話すのだった。
自分もそれで呼ばれたとする信幸。さらに、秀忠が江戸に帰った事も気になるという。
そこに口をはさむ昌幸。織田の二の舞いを避けたのだという。織田が滅んだ一番の理由は何だと問う昌幸。信長が死んだ時、嫡男信忠の討たれたからだという。

家康は、寧(鈴木京香)と対談し、秀吉の葬儀がなかなかおこなわれない事、三成にきつく言いつけるとする。
だが、寧の元に呼ばれた三成は、それは違うと釈明する。海を渡った兵たちが、全て戻ってからときまっているとし、家康も知っているという。

一方、茶々の下を訪れた信繁。茶々の頼みで、秀吉の遺体が塩漬けにされている瓶のところに連れていく事になった。
秀吉にはふさわしくない場所としながらも、しばらくは辛抱してもらうしかないとする信繁に、遺体を前に怖がる茶々は信繁の手をにぎるのだった。

徳川の屋敷では、正信のまねきで宴が開かれていた。
伊達政宗(長谷川朝晴)が突如、秀吉は既に亡くなっているのではないかという者がいると言い始める。秀吉の馬廻衆に弟がいるという、信幸を問い詰めるが、信幸はそんな事は聞いていないと白を切るのだった。その場を収める正信ではあった。
正信は、正宗の下を尋ねて、娘がいる事を尋ねる。

宴が毎日のように開かれている事は三成のところにも伝わっていた。
大名たちを引き込むつもりだとする三成。負けてはおれぬとし、宴を開くことになった三成だったが。
そこに集まったのは、且元や秀秋(浅利陽介)など、馴染みの顔ばかりだった。そこに現れたのは、細川忠興であった。

家に戻った忠興。妻・ガラシャ(橋本マナミ)に、三成の宴はどうだったかと問われるが、行って損をしたとし、驚くほど寂しい会合だったとする。

その夜、信幸は、徳川と石田。徳川の方が分があるとする。そもそも格が違うという、信繁。
徳川を石田が補佐するのではダメなのかという信幸。三成がそれを許さぬとする信繁。亀裂が大きくならねばよいが危惧する信幸であった。

11月、清正(新井浩文)が朝鮮から戻ってきた。清正は既に、秀吉が亡くなっていた事を察していた。
既に徳川が動き出しているという三成。三成は、清正に我らで秀頼様を支えようと言うのだった。清正も、言いたい事はあるが、我らで秀頼様を守り豊臣をお守りすると誓うのだった。
宴をひらく三成であったが、中座するところを清正に呼び止められて、いざこざとなってしまうのだった。

その頃伏見では、徳川が伊達や福島と縁組を進めているというのだった。これに怒る秀家だったが、信繁が家康の下を尋ねて真意を伺う事になる。
信繁は、兄・信幸と共に、家康の下を訪ねていた。信繁は、伊達政宗の娘と、家康の五男の縁組がすすんでいるという噂が本当かと尋ねる。
秀吉の意思に反するという信繁に、それはどういう事かと聞き返す家康。秀吉の遺言では、これからの政は10人の合議で決まるとしているとし、大名同士の縁組もこれにあたるのではと信繁は言うのだった。
遺言とは、それを残して死んだ後、初めて効き目を発するものとし、秀吉はまだ亡くなっていないと家康は言うのだった。まだ葬儀をあげていないとし、差し障りがあろうかと逆に尋ねるのだった。

開けて正月5日。秀吉の死が公表された。秀頼は、後見の前田利家とともに大坂城に入場した。
三成は、清正が家康の娘を嫁にもらったと言い出す。家康の気持ちがわからぬとする信繁。
家康の呼び出して評定を行うとし、これ以上野放しにしてはおけないとする三成。しかし、吉継は家康を糺してそのあとはどうする?と尋ねるのだった。
老衆を外すとする三成だったが、今家康を外して政が成り立つのかと吉継は問いかける。
秀頼が成人すれば、家康の付け入る隙はなくなるという吉継だったが、それでは遅すぎるという三成。
吉継は、どうしてもやるなら、家康と残りの老衆が対立する形に持ち込むのだと言い含める。

家康は、三成が一人で立ち向かって勝てる相手ではないと信繁に話す吉継。
吉継は、信繁を通じて上杉に取り入り、評定で三成の代わりに踏ん張ってもらうとするのだった。

評定を前に、宇喜多、上杉、毛利、前田は結束する。

大名同士の縁組は禁じていたはずと問い詰める宇喜多秀家だったが、家康は忘れていたととぼけるのだった。
昔の事は覚えているのに最近の事は覚えていないという家康。かの三方原の戦いはと話始めるが、秀家はもう結構と突き放す。
今は我ら10人が一丸となり、難事を切り抜ける時とし、この体たらくは何事かと逆に、言い含められてしまうのだった。
忘れたですむ話ではないと小声ではなす景勝に、家康は声が小さくて聞こえぬという。景勝は、思わずなんでもないと引っ込めてしまうのだった。
しかし、ここで三成が立ち上がる。物忘れといえ、御掟に背いた事はまちがいないとし、この責めいかに追うのかと問い詰める。
答えによっては9人の合議により、老衆を退いてもらうとするのだった。
だが、家康は、秀吉よりじかに老衆の役目を仰せつかったとし、それを退ける事の方がご遺命に背くことになるのではと言い返されてしまうのだった。

翌朝、三成は、徳川屋敷に夜襲をかけて、家康の首をとるというのだ。

感想

秀吉の死後、早くも家康と三成の対立が顕著となっていきました。

最初は、正信に口車に乗せられていた感もあった家康ですが、実際はどうだったのでしょうか!?徳川邸での、宴などは正信の手引でしょうが、政略結婚の話は当然家康も知っての事でしょうから。この頃、やはり殺されるくらいなら天下を取った方がいいという気もあったのでしょうかね。

ただ、三成は三成で、家康を相手にするには、相性の悪さを感じてしまいました。家康と敵対する味方を増やしたいはずなのに、加藤清正と揉めてしまったりと、自分に取っても首がしまるような行動を取ってしまっていたわけなので。

ここにきて、ようやく前田利家が登場しました。ただし、既に床に伏せている状況で、秀吉の後を追うのは間違いない状況では有りました。この状態では、利家が家康を抑えこむのは無理というものでしょう。

家康寄りの兄・信幸と、豊臣寄りの弟・信繁ではありますが、この頃は兄弟で自体の収集を図ろうとしてるのだなと思いました。おそらく、信幸も信繁も乱世に戻る事は臨んでおらず、父・昌幸のようにも思ってはいなかったとは思います。

三成が、家康を弾弓すべく、景勝や秀家を取り込む訳ですが、家康1人に対して、まるで相手になっていませんでした。この中では力のある大名のはずの景勝が丸め込まれてしまっては為す術もありません。家康相手に弁が立つのは、もう誰もいない状況だったんですね。確かに、家康相手にやりあえるのは、秀吉くらいのものだった訳ですから。

三成はここで、家康の首をとりに行く事になるわけですね。もちろん、これは失敗に終わるわけですが。三成自身もその後、襲われそうになる訳ですが。どちらにしろ、関ヶ原の戦い向けて確実に時は動いているなという気がします

 
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